▲購読しているJapan Business News から『日米における知的格差を生み出している新たな学歴社会の実態』というレビューが届いた(ちなみに、有料なのでオープンには出来ないんだけれど、興味ある人はJBNには内緒で送るで言って下さい。^^)
米国では学歴重視の傾向が出始めているとの事だ。日本での履歴書にある「最終学歴」は文字通り“最終”で生涯変わることがない。
その結果、学閥によって一生の人間関係が構築されたりするケースも多い。「○○大学卒」という経歴だけで生きていこうとする柔軟性のない人材が多く集まる硬直した組織を築いてしまったとも・・・。
米国・・・。Eラーニングや夜間学校の出現によって、30代で博士号や修士を取得するケースも多いんだそうだ。高学歴とは「変化に対応できる基礎的な知的能力を持っていることの証明」、「論理思考力を持っていることを示す」という答えになるんだそうだ。
-Quote-
4年生大学大衆化の今、実は日本は他の先進国と比較して“低学歴の国”という構図が浮き彫りになってくるのではないか。知財立国を掲げる国にとっては、学位取得者の数がやがて“国力の差”として反映されてくることになる。アップルやグーグルのようなユニークな知力を武器とした企業が米国に多く、日本には現れにくいことには、そんな学歴格差が影響していることも否めない。
本当の学歴を積み重ねるのは、社会人としての実戦を経験したその後であり、できる限りの知力を磨くことが転ばぬ先の杖となる。
▲そんな話のやり取りを米国駐在の友達と・・・。聞いた話では、本当にアメリカは学歴社会だと思うとの事で、授業の内容も日本とは大きく異なるんだそうだ。娘さんも12時前に寝れる事はなく、かなりの宿題が提出されるという。
その宿題の内容が面白い。
そのほとんどは”プロジェクト”と呼ばれ、テーマを決めたリサーチの様なものをチーム編成で日本で中学3年生からバンバンとやる。
チームに迷惑をかけない様、各自が努力しつつ、選び、選ばれる感覚が身についていく。曰く、現地人たちの面接の時の独特の緊張感につながっているように思えるとの事。
さらに・・・
日本人の場合、会社でも高学歴の奴では、凄い奴もいるが、どこか壊れている変人が多いという。日本では、学歴と人材の相関がなくなってきた分、学歴社会が薄らいできたのではないかと。
一方、米国人の高学歴の奴は○な奴が多い。「それだけの事ぁある!」という。レベルの高い大学では、卒業するのが物凄く難しいから、壊れてるやつは振るい落とされるんだろうな。
だから、学歴と人材が相関し、学歴社会が激化してきているのかもしれないと。
彼の部下がUCバークレーのMBAを取得し、転職を避ける為、給料を○万UPさせたんだそうだ。人材の流動性というのも、学歴がサラリーとリンクしやすく、学歴社会をあおっているということも言える。
最後に彼はこう語る
このような議論の中に"真の教育"の姿が見えないことに違和感を感じると・・・。
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