ダイアログ・イン・ザ・ダークを体験した時の事を思いだした。
最初に暗闇に入った時、目を開けても見えない恐怖から、一瞬呼吸が出来ない恐怖を感じた。暫くするとその空間にも慣れたんだけれど、驚いたのは視覚が奪われた一方で鋭くなった他の4感だ。
そんな彼らの世界を間接的にも感じる事が出来たのは貴重だった。
−−−ブラインドサッカー日本代表のカトケンは生まれてから目が見えなかったんじゃない。多感だった頃、次第に目が見えなくなったんだそうだ。
しかし、ひょんな縁でご飯を一緒に食べながら話している彼は、そんな事を感じさせない自然な振る舞い。ふと、実は見えているんじゃないかと正直思った位だった。
そして、今日、彼のリオ行きを賭けた日本代表戦へ行ってきた。
席を埋め尽くす程、応援団がいるのに、試合が始まると歓声は無くなり、ただピッチにあるのは、ボールの音、そして選手達の掛け声だ。
そして、もう一つ選手一人一人が想像し組み立てて見ている像をしっかりと感じる事が出来る。
「聞こえる」音は無いのに、「聞こえない」別の音が凄まじい。
僕らが見ている実像と彼らが創りだした2つの像はほとんどずれる事なく一つの像としてハマり、的確なパス、ドリブル、そしてコミュニケーションができている。
どうしてそんな事が出来るんだ?
ボールを蹴りあげた時の音の出方によってそれが落下する地点を見定め走り出すタイミング、記憶しているゴールポストへの正確なキック。
いくつもの感覚が合わさり一つの動きが生まれるプレイは、多くを視覚に頼る動きとは明らかに違う人間が持つ感覚同士のぶつかり合いだ。
感動したとか簡単な言葉で片付けられない深い光景に、ブライドサッカーファンへの道に入り込むのは間違いないなと思った夜。
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