話題の映画「ラ・ラ・ランド」。
予備知識なしで観たのも良かったかもしれない。オープニングや他の場面でもノーカットの演出とかピアノを弾くシーンとか俳優の裏側にあるものが見え隠れしていて、役者魂凄いなと。で、何だろう、なぜか途中から涙が溢れてくるような作品。
夢を目指す中で起きる様々な事を直球で描いているあたり、「はじまりのうた」を思い返させてくれるんだけれど、内容だけでなくライアン・ゴズリングとマルーン5のアダムがちょっと似てたり。ジョン・レジェンドが出てきた時は「ん?ソックリさん?」と思ったり、エマ・ストーンがたまらん!とか、ラストシーンがどちらの回想なのか、トレードオフ的な描き方なのか?とか考えさせられたり色々良かった。
その後「ほしや」のオープニングイベント。
出会う人が共通の知人が多かったり、知人そっくりさんが居たので、引き合わせたりして、こちらも楽しかったけれど、愛煙家が多いのがちょっとな。嫌煙家ではないけれども、やはり近くでプハーとやれると匂いも気になるし、翌日の頭痛発生率がグンと上がる。
そうは言っても、居酒屋における受煙者対策について、お店へルールを国が強制するという事には反対。
そんな事、お店とお客に決めさせればいいし、僕の場合は煙がキツイところは美味しくても行かないし、禁煙にした例えばわくい亭や登川はその方がいいという賛成者の声をお客さんや実際喫煙される方からも聞く。働く人にとってはありがたい事もあるだろうけれど、それも選択させればいい。お店手伝ってる奥さんは。。。夫婦間の問題だな。
・・・煙草はともかく、次から次へとやってくる人を見ていると、こういうサードプレイスってどう作られていくんだろうって思う。
トークショーや◯◯ナイト的なイベントって多いし、それはそれで楽しいのだけど、一過性のものでコミュニティが醸成されていく感が無いと思うのは考えすぎなのかな。もちろん、そんなキッカケで人が出会い、例えば仕事や恋にとつながっていったりする場合もあるから、場に拘らなければ、沢山のコミュニティが作られているのは間違いない。
でも、それだけだとやっぱり飽きられたり、企画側も疲れちゃって消えていくような場で結構あるんじゃないかと。それとも、キッカケの量産によって「あそこに行けば何かある」といった場の文化が作られていくのかな。
僕が思い描くサードプレイスって駄菓子屋さんと銭湯みたいな世代を超えたコミュニティの場でもあったりする。で、それはエンターテインメント的な別に無くても死なないけれど、あるといいよね的な必然寄りではあるけれど、偶然の間にあるようなゆるいもので、継続利用してもらえる場。
この辺、まだハラオチしていないので、引き続き考えていきたいテーマ。
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